「今後の税制のあり方と税理士が果たすべき役割」(要約)

2012/09/24 月曜日

『租税法』等の著者としても知られる金子宏教授が、税理士の会報である「税理士界」(平成24年9月15日付)に「今後の税制のあり方と税理士が果たすべき役割」という標題で寄稿されている。以下、その要約である。

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税理士制度70周年特別寄稿

「今後の税制のあり方と税理士が果たすべき役割」

東京大学名誉教授 金子宏

 

一.はじめに

この度の社会保障と税の一体改革関連法案の成立による消費税率の引き上げは、

  • 危機的状況にある我が国の財政をかなりの程度改善し、
  • 財政危機の克服への強い意志を内外に示すことで国債等の格付けの引下げを防止し、
  • 国際ファンドがわが国に経済的混乱の種を持ち込むことを予防する

効果を持ち得る。しかし、今度の税率引き上げではプライマリーバランスを黒字にするという目標には届かず、さらなる増税と歳出の削減が必要である。

 

二.税制のあり方

1.適正なタックス・ミックスの確保

わが国の税制は、1988年の消費税の導入によってシャウプ勧告下における「所得課税中心主義」から「タックス・ミックスの時代」に入った。各税にはそれぞれメリットとデメリットがあり、所得税、消費税、資産税の3本柱からなるタックス・ミックスの税制は税制のあり方としては最も好ましい。

所得税の大規模な増税は実際問題として困難であり、今後とも主要財源は消費税に頼るしかない。しかし消費税には逆進性の問題があるので、消費税の引き上げにあたっては所得税を含めた税制全体で適度の累進性を維持できるような対策が必要である。

2.消費税のあり方

消費税には、所得税のような基礎控除の制度を採用することは不可能であり、最低生活維持費以下の収入の人々への対応が必要となる。この問題に対しては、下記の2つの方法があり得る。

  1. 生活必需品への軽減税率の適用
  2. 最低生活維持費のうち消費税相当額に対する一定額の給付

このうち、1.については、

  • 軽減税率が高所得者層にも適用され、本来の趣旨に反する結果が生ずる
  • 生活必需品の範囲を決めることが容易ではない
  • 大規模な税収減

という問題がある。

これに対し、2.については、

  • 最低生活維持費のうち、消費税の対象となる支出の割合の決定
  • 還付割合の政策判断
  • 還付請求者の正確な所得を把握するためのマイナンバー制導入

という手続き上のハードルがある。2.のほうが合理的であるとしても、その実施のためにはかなり長い準備期間が必要となる。

2.の方法を構想する場合には、給付付き税額控除の提案となるが、所得税と消費税を結びつけるのみでなく、税制と社会保障制度を結びつけ、負の所得税にもつながる提案として注目に値する。

帳簿方式かインボイス方式かの問題は、今のところ両者を併用する方式が適当であると考える。

3.所得税のあり方

所得税の現在の最大の問題は、税収の伸びが鈍化し、税収全体に占める割合が30%程度に低下していることである。

一方、所得格差は着実に拡大しており、実態をよく調査した上で、必要ならばブラケット(*)を新たに設けて最高税率を引き上げることも検討すべきである。

金融所得の一律分離課税については、公平性の観点で問題があるが、現在の不十分な国際的所得把握体制の下ではセカンド・ベストの制度として維持すべきである。

4.法人税のあり方

現在わが国が直面している最も深刻な問題の一つは産業の空洞化である。外国企業との競争上、法人税率の負担水準は重要な要素の一つであり、また欧米企業の東南アジアでの中心的な統括拠点をわが国へ置くよう誘因するためにも、投資環境の改善の一環として税率の相当程度の引下げを検討する必要がある。

長期的な課題として、法人税率を引き下げても法人税収は減少しない、逆に増加するような対策を建てるべきである。これは税制だけの課題ではなく総合経済対策の課題である。

5.資産税のあり方

(1)相続税・贈与税

最近、相続税を廃止する国が少なくなく、また識者の間でも相続税、贈与税の評判はよくない。しかし、相続税の富の偏在抑制機能を重視するならば、相続税は必要であると考える。富の偏在化による経済的不平等が、結果として社会の活力喪失や不安定化を招くことは確実である。

相続税の存在理由を富の偏在化抑制に求めると、相続税の姿は現在とかなり変わり、下記のようになるであろう。

  • 税率構造は現在よりも多数のブラケットとなり、最高税率はかなり高くなる
  • 基礎控除は若干増額され、ブラケットの幅は拡大し、累進構造は全体的に上方にシフトする

(2)固定資産税

税収はすでに法人税収を超える規模となっており、都市計画税と合わせると、市町村の税収の50%を超えている。

  • 土地評価基準のさらなる適正化
  • 住宅用地に対する軽減措置の見直し
  • 租税特別措置の整理・合理化

等により、かなりの増収が期待できる。

 

三.税理士が果たすべき役割

税理士法により、税理士の業務は、税務代理、税務書類の作成及び税務相談、並びにこれらの付随業務に限定されているが、実際には、総合経営コンサルタントのような役割を果たしている場合が少なくない。

税理士法1条(税理士の使命)は、簡単に言えば、税理士の基本的役割は納税義務の適正な実現を図ることである旨を定めており、そこから次の二つを合わせて規定していると解してよい。

  1. (憲法30条「国民の納税義務」の規定を受けての)正しい納税義務の実現
  2. (憲法84条「租税法律主義」の規定を受けての)納税者の権利・利益の保護

ただし、納税者の権利・利益保護については、税理士の場合には補佐人制度をのぞき、その範囲は税務行政手続に限定されていることに注意する必要がある。

納税者の権利・利益保護は税理士法1条の解釈論として認められるところであるが、より明確にするためにはその旨を1条の中で明定することが望ましい。

 

(*)ブラケット…税率適用所得区分

 

(望月)