特定支出控除制度の改正

2012/04/18 水曜日

インパクトに欠けると言われる平成24年度税制改正の中にあって、所得税関連では比較的注目される改正が並んでいる。その一つに特定支出控除制度の改正がある。

 

●従来の特定支出控除制度

従来の特定支出控除制度は、給与所得者が支払った一定の支出(特定支出)が給与所得控除額を超えるとき、その超えた金額を給与所得控除額に上乗せできるという制度であった。

特定支出の種類としては、下記のものが限定列挙されているが、いずれも「通常必要であると認められる」あるいは「職務に直接必要な」という条件が付く。

  • 通勤費
  • 転勤に伴う転居費用
  • 研修費用
  • 資格取得費(弁護士、公認会計士などの資格は除く)
  • 単身赴任時の帰宅費用

給与所得控除額は、例えば年収400万円であれば134万円、年収800万円であれば200万円となるので、特定支出がこの額を超えるのは極めて稀であり、そのため本制度の利用者数はこれまでほとんどいなかった。おそらく税制において最も利用者の少ない制度の一つだったのではないだろうか。

参考)平成22年度第8回税制調査会[資料](P11参照)

 

●今回の改正内容

そのような背景もあって、今回の税制改正では特定支出控除制度における適用判定・控除計算、並びに特定支出の範囲について見直しが行われた。平成25年分以後の所得税より適用される。

(適用判定・控除計算の改正)

特定支出が給与所得控除額の1/2相当額を超える場合、その超過額を給与所得控除に加算できるようになった。ただし、給与収入が1,500万円超の場合には給与所得控除額の1/2相当額の122.5万円ではなく125万円としている。(なぜだ?)

この結果、先の例で言えば、年収400万円であれば67万円、年収800万円であれば100万円超の特定支出があれば特定支出控除制度の適用が可能となった。

(範囲の拡大)

特定支出とされる支出に下記の二つが加わった。いずれも「職務遂行に直接必要な」という条件が付く。

  • 弁護士、公認会計士、税理士などの資格取得費
  • 図書費、衣服費、交際費(これらを「勤務必要経費」と呼ぶ)

なお、勤務必要経費については65万円を上限額とする。

 

●「非課税所得」及び「必要経費」規定との比較

特定支出控除制度は、給与所得者(役員及び使用人。以下、使用人等という)が自らの通勤費等を負担した場合の規定である。

一方、事業主が使用人等に通勤費等を支給した場合には、それが使用人等にとって「非課税所得」(所得税法9条)に該当するかが問題となる。該当しなければ給与所得として課税される。

また、事業主自身の通勤費等の経費については、それが「必要経費」(所得税法37条)として認められるかが問題となる。

特定支出として列挙されている各支出は、「非課税所得」及び「必要経費」の面からはどのように取扱われているのだろうか?以下、概観してみる。

 

(通勤費)

事業主が使用人等に支給する通勤手当については、非課税所得となる限度額が具体的に設定されている。

通勤費に関する特定支出控除制度では、所得税法施行令167条の3第1項の基準の以外に、このような具体的な限度額の規定はない。

また、事業主自身の通勤費については、特に個別の規定はなく、合理的なものである限り必要経費として認められる。

 

(転居費用)

事業主が負担する使用人等の転居費用等については、所得税基本通達9-3において「非課税とされる旅費の範囲」が規定されている。(が、転居費用というよりは日当に関する規定というべきものかもしれない)

転居費用に関する特定支出控除制度では、所得税法施行令167条の3第2項において金額基準を示すと共に、「転任の事実が生じた日以後一年以内」にする支出という期日の制約を設けている。

事業主自身の転居費用については、まず事業主に転勤があり得るのかという疑問もあるが、仮にあったとしても転居に関わる費用については家事費とみなされ、必要経費とは認められない可能性が高いと考える。[要研究]

 

(研修費)及び(資格取得費)

研修費及び資格取得費に関しては次のような非課税所得規定(所得税基本通達9-15)がある。

使用者が自己の業務遂行上の必要に基づき、役員又は使用人に当該役員又は使用人としての職務に直接必要な技術若しくは知識を習得させ、又は免許若しくは資格を取得させるための研修会、講習会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品については、これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えない。

また、研修費については下記のような必要経費規定(所得税基本通達37-24)があるが、ここには「資格取得」という言葉は出てこない。が、資格取得費についても準用されるものと思われる。

業務を営む者又はその使用人(業務を営む者の親族でその業務に従事しているものを含む。)が当該業務の遂行に直接必要な技能又は知識の習得又は研修等を受けるために要する費用の額は、当該習得又は研修等のために通常必要とされるものに限り、必要経費に算入する。

なお、事業主が負担する研修費(教育訓練費)については税額控除の対象にもなっていたが、平成24年3月末開始事業年度を最後に廃止された。

特定支出控除制度については、研修費及び資格取得費のいずれについても、職務遂行上の直接的必要性のほかに事業主の証明が必要とされている。

 

(単身赴任等の帰宅費)

事業主が支給する使用人等の単身赴任時の帰宅費については、「単身赴任者が会議等のため職務遂行上の必要に基づく旅行を行い、これに付随して帰宅する場合」に限り非課税となる。(国税庁質疑応答事例

一方、帰宅費に関する特定支出控除制度では、「一月に四往復を超えて当該旅行をした場合には、当該超えてした旅行に要する運賃及び料金を除く」という具体的な回数の縛りを設けている。(所得税法施行行令167条の3第4項

事業主自身の単身赴任については、転任同様、それが現実にあり得るのかという問題もあるが、仮にあったとしても転居費用と同じく必要経費として認められることは難しいと思われる。[要研究]

ちなみに、帰宅費についての消費税の扱いは給与に該当するものとして不課税となる。

 

(弁護士等の資格取得費)

所得税基本通達9-15では、資格の種類について特に制約を設けていない。つまり「職務に直接必要な」資格であれば、事業主が使用人等のいかなる資格取得費を負担したとしても非課税となる。

では、事業主自身の弁護士等の資格取得費については必要経費になるであろうか?

例えば、弁護士が弁護士資格を取得するまでに支払った専門学校の受講料などは弁護士事務所開業後に必要経費(開業費の償却費)として計上できるのであろうか?

弁護士資格は弁護士業務の遂行上、直接必要なものであることは間違いないわけだが…ということで、→[要研究]

 

(図書費、衣服費、交際費)

事業主が使用人等の職務に直接必要な図書費や交際費を負担した場合には、当然のことながら必要経費と認められ、また給与課税されることもない。

また、制服については所得税施行令21条の2において非課税所得の一つとして具体的に挙げられており、また必要経費として計上することもできる。

なお、よく話題となるスーツ代については、

・特定支出控除制度では「制服、事務服、その他の勤務場所において着用することが必要とされる衣服」が対象なので対象外

非課税所得規定では「職務の性質上制服を着用すべき者がその使用者から支給される制服その他の身回品」が対象なので対象外

必要経費規定では「主たる部分が業務の遂行上必要であり、かつ、業務に必要である部分を明らかに区分することができる場合のその区分できる金額」ということで微妙…

ということになろう。

 

(望月)