事業承継税制の手続き

2018/10/02 火曜日

1.平成30年度改正による特例措置の創設

平成21年に創設された事業承継税制は、当初はその要件の厳しさ等から実際に利用されることはほとんどなく、「使えない税制」とされていた。

その後、平成25年改正や平成29年改正により徐々に要件が緩和されて「使える税制」に代わり、そして今回の平成30年改正によって適用可能な場合には「使わなければならない税制」になった(と言えるだろう)。

平成30年改正において創設された事業承継税制の「特例措置」の内容は以下のとおり。

  • 納税猶予対象株式の制限(発行済株式総数の3分の2まで)の廃止
  • 相続税の納税猶予額の制限(対象株式に係る相続税の80%)の廃止
  • 雇用確保要件の実質廃止
  • 複数の贈与者(被相続人)からの贈与等を適用対象に
  • 複数の後継者(最大3人)への贈与等を適用対象に
  • 事業継続が困難な事由が生じた場合の納税の減免措置
  • 相続時精算課税制度の適用対象者の拡大

(参考)「特例措置と一般措置の比較」

いずれも納税者有利の内容ではあるが、特例措置の適用には新たな手続きが必要とされ、また適用対象者が拡大されたことによって書類の種類も増えた。

一部では、事業承継税制の適用後に適用除外となるケースで最も多いのは手続きの失念やミスによるものだろうという予測(予言)もあり、手続きを実際に行う会計事務所にとっては、長期に渡りかなり神経を使わねばならない制度であることは間違いない。

今回の改正によりリニューアルされた事業承継税制の手続き面に焦点を絞り、以下ポイントを確認していく。

 

2.事業承継税制の適用のための手続き

事業承継税制の適用による納税猶予から納税免除までの過程で必要とされる手続き及びその期日は以下のとおり。

特例措置を適用するには一般措置の手続きに加えて、特例措置の手続きを行う必要がある。

 

3.事業承継のパターン

事業承継の方法としては株式の贈与か相続かの2つだが、事業承継税制を適用する際の事業承継のパターンとしては、下記の6パターンが考えられる。

以下、先代を一代目、後継者を二代目、次の後継者を三代目とし、二代目に関する贈与税及び相続税の納税猶予・免除の扱いを中心に検討してみる。

  • 【パターン1】 一代目相続→二代目相続
  • 【パターン2】 一代目相続→二代目贈与
  • 【パターン3】 一代目贈与→(一代目死亡)→二代目相続
  • 【パターン4】 一代目贈与→(一代目死亡)→二代目贈与
  • 【パターン5】 一代目贈与→二代目贈与→(一代目死亡)
  • 【パターン6】 一代目贈与→二代目相続→(一代目死亡)

 

【パターン1】 一代目相続→二代目相続

  • 一代目の相続の際、事業承継税制の適用により相続税が猶予
  • 二代目の死亡の際、納税免除認定申請により相続税が免除

 

【パターン2】一代目相続→二代目贈与

  • 一代目の相続の際、事業承継税制の適用により相続税が猶予
  • 三代目への贈与の際、納税免除認定申請により相続税が免除(*)

 

【パターン3】一代目贈与→(一代目死亡)→二代目相続

  • 一代目からの贈与の際、事業承継税制の適用により贈与税が猶予
  • 一代目の死亡の際、納税免除認定申請により贈与税が免除
  • 一代目の死亡の際、切替確認申請により相続税が猶予
  • 二代目の死亡の際、納税免除認定申請により相続税が免除

 

【パターン4】一代目贈与→(一代目死亡)→二代目贈与

  • 基本的な手続きは<パターン3>と同様
  • 三代目への贈与の際、納税免除認定申請により相続税が免除(*)

 

【パターン5】一代目贈与→二代目贈与→(一代目死亡)

  • 一代目からの贈与の際、事業承継税制の適用により贈与税が猶予
  • 三代目への贈与の際、納税免除認定申請により贈与税が免除(*)
  • 一代目の死亡は二代目の課税関係に影響を及ぼさない

(参考)三代目の課税関係

  • 二代目からの贈与の際、事業承継税制の適用により贈与税が猶予(一代目贈与時の評価額による)
  • 一代目の死亡の際、納税免除認定申請により贈与税が免除
  • 一代目の死亡の際、切替確認申請により相続税が猶予

 

【パターン6】一代目贈与→二代目相続→(一代目死亡)

  • 一代目からの贈与の際、事業承継税制の適用により贈与税が猶予
  • 二代目の死亡の際、納税免除認定申請により贈与税が免除
  • 一代目の死亡は二代目の課税関係に影響を及ぼさない

 

(*)二代目から三代目へ贈与するケース【パターン2,4、5】では、①贈与が経営承継期間経過後であること、②三代目が贈与税の納税猶予の適用を受けることが二代目の納税免除の要件となる。

 

4.事例【パターン3】

上記のパターンの内、今後しばらくは最も利用されると思われる【パターン3】で特例措置を適用するケースを例にとり、二代目の贈与税猶予→贈与税免除→相続税猶予→相続税免除の手続きの流れをみてみる。

(前提)

  • 【パターン3】一代目贈与→(一代目死亡)→二代目相続
  • 特例措置を適用する
  • 一代目からの贈与日 … 2025/3/31
  • 一代目の死亡日 … 2035/12/31
  • 二代目の死亡日 … 2050/12/31

(手続きの流れ)

○ 2022/3/31まで 二代目の取締役就任(事業承継の3年前まで)

○ 2023/3/31まで 特例承継計画の提出

○ 2025/3/31まで 一代目の代表退任/二代目の代表就任(事業承継時まで)

○ 2025/3/31 <一代目から贈与>

○ 2025/10/1~2026/1/15 贈与税の円滑化法認定申請

○ 2026/3/15まで 贈与税の申告

○ 2026/3/16~2031/3/15<経営承継期間>

  •  2027~2031年の各年6/15まで 年次報告書の提出
  •  2027~2031年の各年8/15まで 継続報告書の提出

○ 2031/3/16~一代目の死亡<経営承継期間経過後>

  • 2034/6/15まで 以後3年に1回 継続届出書の提出

○ 2035/12/31 <一代目の死亡>

○ 2036/8/31まで 切替確認申請/臨時報告書の提出

○ 2036/10/31まで 相続税の申告/贈与税の納税猶予免除届出書の提出

○ 2036/11/1~二代目の死亡<相続税納税猶予期間>

  • 2040/1/31まで 以後3年に1回 継続届出書の提出

○ 2050/12/31 <二代目の死亡>

○ 2051/4/30まで 随時報告書の提出

○ 2051/6/30まで 相続税の納税猶予免除届出書の提出

 

5.実務上のポイント

●事業承継税制の適用の可否

上記に見たとおり、事業承継税制の適用を行うと、長期に渡り一定の手続きが必要となり、そのため税理士報酬等のコストが発生することになる。

したがって実際の適用にあたっては、事業承継税制の適用による節税額とコストを比較し、適用するか否かの判断を行うことになるだろう。

事業承継税制を一旦適用すると、その後の事業承継においても半永久的に事業承継税制を適用し続けなければ意味がないという話もあるが、納税免除が確定してしまえばその時点で節税は実現したことになる。

例えば、事業承継税制の適用を行った二代目が三代目に贈与により事業承継を行うケースでは、確かに三代目の事業承継税制の適用が二代目の納税免除の要件となる(上記3(*)参照)が、三代目への事業承継が相続によって行なわれるケースでは三代目の事業承継税制の適用の有無は二代目の納税免除に影響を及ぼさない。

 

●特例措置の適用の可否

特例措置の適用が可能な期間において事業承継税制の適用を行う場合、あえて一般措置を選択するメリットはほとんどないと思われる。

特例承継計画を提出したとしても事業承継税制の適用が強制されるわけではないので、事業承継税制の適用の可能性がある場合には特例承継計画をとりあえず提出しておくのがよいだろう。

ただし特例承継計画に大幅な変更がある場合には変更届出が必要となるため、特例承継計画の提出を急ぐ必要はない。

また事業承継が2023年3月末までに行われる場合には、特例承継計画の提出は事後(円滑化法認定申請時まで)でも構わないとされている。

(ということは、2023年1~3月末の間に贈与を行う場合には、特例承継計画の提出は円滑化法認定申請の期日である翌年の2024年1月15日までで良いということになるのだろうか?)

 

●贈与か相続かの判断

特例措置の適用の際に作成する特例承継計画では、事業承継は基本的に贈与によって行われることを前提としている(相続を計画するというのはなじまない)。

一方、特例措置を適用しない場合には、贈与よりも相続による事業承継の方が事業承継税制を適用する際の手続きは少なく、期間も短く、コストも安く済むというメリットが大きいと言える。

 

●事業承継のタイミング

税負担軽減の観点からは、特例措置の適用が可能な時期に事業承継を実行するのが望ましい。

すなわち、特例承継計画を2023年3月末までに提出し、2027年12月末までに贈与を行うという流れだ。

贈与において特例措置の適用を行えば、相続が2027年12月末以降になったとしても相続税についても特例措置の適用が可能となる。

また、贈与の前に相続が発生したとしても特例措置の適用はできる。

 

<参考サイト>

【国税庁】

  • 事業承継特集 (パンフレット/Q&A/法令解釈通達/チェックシート/継続届出手続等)

【中小企業庁】

【神奈川県】

 

(望月)